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 農村近くでドドドドドドッと工事用のドリルの音が響く。その側ではショベルカーがバケットを地面にあて土を掘り起こす作業をしていた。何度かその動作を繰り返した時だった。
「ん?」
 ショベルカーを動かしていた男性がある物に気付いた。操縦席から立ち上がり目を凝らして見る。
「なんだ?」
 土の中からチラッと覗いているものがあった。それは淡く青白く光っている。
 男性はショベルカーから降りて近くまで行き、しゃがんでそれを手で掘り起こした。
「ほー。綺麗だな」
 男性が手にしたそれは、透明な水晶に似ていて、大きさは10センチくらいのひし形をしていた。その中央には丸い青色の玉があり、何かの模様が描かれている。
「どうした?」
「ん? ああ、こんなのを見つけてな」
 同じようにしゃがんだ同僚にそれを見せる。
「なんだそれ。光ってるじゃねぇか」
 怪しげな表情で見つめる同僚。男性は水晶の角度を変えながらそれを見つめる。
「そうなんだよなぁ。綺麗だけど。……どうすっかな、これ」
「あ?」
「本物の水晶だったら手放すのはもったいないだろ?」
 笑いながら言う男性に同僚は呆れる。
「そんなデカい水晶がなんで土の中に埋もれてんだよ」
「あー、それもそうか」
 同僚の言葉に納得してしまう。
「でも光ってるのは不思議だよな」

 顎に手を当てる同僚。
「そうだろ?」
「これはあれだ。あそこに持って行ってみたらどうだ?」
「あそこ?」
 同僚は立ち上がると両手を腰に置いた。
「アルケット自警団の化学班だよ」

 天気の良い昼下がり、ロヴァイラス大陸の北西で工事作業員によって「それ」は見つかった。


 

Mission:1 共鳴と始まり



 ロヴァイラス大陸には三つの大きな都市がある。
 西に世界のあらゆる学問が学べる都市イルエウィ。南に上流階級が集う都市サチエニア。東に軍事や経済が発展している都市アルケット。
 この三大都市でアルケットは昔から注目を集めている。一つは町のセントラルに建つ一際大きな建物だ。天へ向かうように建てられたその建物は、この町の治安を守る自警団の本部でアルケットのシンボルにもなっている。もう一つはアルケットの遥か上空にいくつも漂っている「浮き島」である。なぜかこの浮き島はアルケットの上空にしかなく、調査のために自警団がヘリコプターを飛ばした事があるが、近づこうとすると異常事態が起こるため、いまだ何一つ分かっていない。
 その自警団から遠く離れた西の場所で、二人の自警団員が帰還中に入った無線を受け再び任務に入っていた。スケートボードに似た飛行ボードで町の上空から標的を探すために風を切る。
「たしか連絡ではこのあたりのはずだよな? レイ」
 黒髪の少年が、隣で同じ飛行ボードに乗っているベージュ色の髪の青年に話しかけた。
「ああ。バイクで逃走中らしい」
 二人はワンレンズ型のサングラス越しに標的を探す。しかしアルケットは町全体が広く、上空からそれらしき人物を探してもそう簡単には見つからない。
 そこへ無線に通信が入った。二人はボードを空中で停止させ耳を澄ませる。
「こちら本部。犯人はグレイラストロード方面へ走行中。ただいま応援団員が出動しました。ディラクローネ隊長とレイ副隊長は引き続き犯人を追跡してください!」
 二人は「了解!」と告げると一気にボードを加速させた。



 草原が広がる砂利道を一台の黒バイクが猛スピードで走っていた。それを上空から追う二人。
「このまま行くとサチエニアに入られる。どうする? カルク」
 レイは自分の右隣にいる少年に顔を向けた。
「サチエニアの住民は上流階級なだけに人を見下すやつらが多い。都市に入られる前に取り押さえないと嫌みを延々と言われるからな。だから…」
 カルクは右太股に掛けているショルダーから銃を引き抜いた。
「さっさと捕まえる」
 その時、犯人の男が後方を振り向いた。それを見て二人もそちらを見る。数十メートル後方に5台の白バイがサイレンを鳴らしながら犯人のバイクを追尾していた。
「応援が来た!」
「さっさと犯人を捕まえて引き渡すぞ!」
 そう言うとカルクはボードで犯人の左後ろに移動した。銃口を犯人に向ける。後頭部、胴体と狙いを定めたが、狙ったのは犯人の体ではなかった。
 バンッ!
 まっすぐに銃弾が飛び、その弾は犯人のバイクの後輪に当たった。穴が開いたのかバイクは蛇行しながら数メートル進み、そのまま体勢を崩して草原に犯人ごと突っ込んだ。犯人はバイクを捨て草原の中を走っていく。
「行くぞ、レイ!」
「了解!」
 犯人に向かってボードを走らせる。白バイ団員もバイクを止めて草原に入る。犯人の上まで来た二人は、ボードから飛び降りると犯人の前に降り立った。
「どけっ! ガキっ!!」
 犯人はすぐさま懐からナイフを取り出してカルクに向けて振りかざした。
「……ガキ?」
 カルクの顔色が変わった。それを見てレイは危険を察してそそくさとカルクから離れる。
 カルクはサングラス越しに鋭い視線で犯人を睨みつけ、振りかざされたナイフを振り切ると犯人の背中に強い蹴りを一撃入れた。呻き声を上げながら犯人が倒れる。体を起こそうとした時、すぐさまレイに押さえつけられてそれは叶わなかった。

「カルクにその言葉は禁句だよ、犯人さん」
 にっこりと笑顔を浮かべるレイ。カルクは犯人の前に立つと口を開いた。
「やっと仕事が一段落ついたってのに余計な手間を取らせんじゃねぇよ。てめぇの捕獲は管轄外だってのに」

 低い声から怒りを感じたレイ。

「あとな…ガキだからって、なめんなよ?」
 その鬼のような険相に犯人はビクリと体を強張らせ、レイは苦笑の表情を浮かべた。
 その後、白バイ団員に犯人を引き渡してカルクとレイは帰還の道をボードで走った。



 自警団の正門の両側に立つ二人の警備団員が、上空にカルクとレイの姿を見つけると右手を拳にして左胸にかざし頭を下げた。二人がボードから降りると正門の両開きの扉が開けられ、それを抜けてカルクたちは自警団内に入る。
 自警団内はとても広かった。正門を抜けるとエントランスへと伸びる一直線のアスファルトの道と、所々に置かれている花壇には色とりどりの草花が植えられている。正面には天へと伸びる搭のような建物が聳(そび)え立ち、それを挟んだ両側には中央の塔より低い建物が建っている。ゴシック調な外観が綺麗で、町の住人にも人気がある。
 二人がエントランスに入ると受付嬢たちが「お帰りなさい」と声をかける。他の団員も同様に声をかけてきてそれに軽く応えて二人はエレベーターで上に向かった。10階で降りて左に進むと「特殊部隊隊長室」というプレートが貼られている両開きの扉の前に辿り着いた。その扉を開けて入るなりカルクは団の上着を脱ぎ、部屋の中央に置かれている長ソファに放り投げ、ウエストバッグと両太股に掛けている銃のショルダーを外してテーブルの上に置いた。そしてどかっとソファに腰かける。

「あー、疲れた…」
 頭を背もたれに預けると体をだらーんとさせる。

「カルク、親父くさい」

「うっせー」

 レイは自分とカルクの団の上着をハンガーに掛け、ウエストバッグと両太股に掛けていた銃のショルダーを外して自分の仕事机の上に置いた。

「今飲み物入れるからちょっと待ってて」
「おー、サンキュ」

 休憩室に入って行ったレイを見送る。

 ――よく働くなあいつ…

 正午から総隊長の代わりに、学問都市イルエウィにある自警団へ視察に行っていたカルクとレイ。流れで団員の訓練相手をする事になり、疲れた体で帰っている最中に緊急任務が入って、それが終わって今に至る。

 けろっとしてるけど、疲れてないのか?
 ある意味感心するよ、とレイの体力を賞賛しながらカルクは机に置いているウエストバッグから携帯を取り出した。グレイ色で細長いUSBのような形。真ん中にボタンが一ヶ所ついているだけのシンプルなものだ。ボタンを押すと手紙のアイコンがホログラフィックディスプレイで現れた。メッセージが5件届いています、という文字がアイコンの前に出ている。

 ディスプレイをタップして差出人を見た。友人4人とフィリアからだった。フィリアからの内容を確認する。
『今日、学校帰りに寄ってもいい?』
 書かれていた内容はそれだけだった。「いいよ」と短い文を返し、ソファから立ち上がって右手にある自分の仕事机を通り、その後ろにあるテラスへ繋がる両開きの窓を開けた。気持ちのいい風が部屋に流れ込む。テラスへ出、手摺りに両腕を置き顎を乗せて眼下を見下ろす。部屋が高い場所にあるため、街並みが一望できるのだ。

 空は青く晴れ、鳥はさえずりながら元気に飛んでいる。そんな光景が好きだったりするのだが、友人には似合わないと言われるばかり。まぁ、自分でもそう思っているところはあるから何も言わないが。

「はい」
 右側からカップを差し出され、そちらを見た。両手にカップを持ってレイが立っていた。
「気配もなく横に立つな」
 しかめっ面で言ってカップを受け取ると口に運んだ。ミルクティーの味が広がる。
「はは、ごめん」
 へらへらと笑いながら隣に立つレイ。
 いつもの風景、いつもの一日。何も疑わずこんな日常が続くと思っていた。
 この時までは――…。



 様々な機械が置かれている部屋の中央に透明ケースがある。その中には、ひし形で水晶に似たものが淡く青白い光を放っていた。
「班長! ちょっとこれを見てください!」
 一人の若い男が呼ばれた。
「どうした?」
 男は目の前のモニターを見て驚きの表情を露わにした。映っているのは、いくつもの周波数が激しくうねっている映像だった。
「なんだこれは? あんな水晶ひとつにこんな周波数が流れているのか?」
 男は中央の透明ケースに入れられている水晶に視線を向けた。
「なんなんだ、あの水晶は…?」
 不可解なものにただ疑問しか浮かばなかった。


 

 時刻は午後5時半近く。自警団の正門に向かう一人の制服姿の少女がいた。警備団員は少女に気付くと正門を少し開けた。
「こんにちは」
 少女は正門に着くと団員に挨拶した。団員も同じように返して少女を通した。エントランスを抜け、エレベーターに乗って目的の場所へと向かう。一つの部屋の前に辿りつくと扉をノックした。
「どうぞ」
 レイのその言葉を聞いて扉を開ける。
「あれ、どうしたの? フィリアちゃん」
 手に書類を持ったレイが、書類棚の前に立ってこちらを訝しがるように見ている。どうやら自分が来る事をカルクはレイに伝えていないようだ。
「こんにちはレイさん。ちょっと寄ってみただけ」
「そう。あ、カルクなら休憩室で仮眠を取ってるよ」
 そこへタイミングよく休憩室の扉が開き、カルクが目をこすりながら出てきた。
「カルク、フィリアちゃんが来たよ」
 レイの言葉に顔を上げる。
「よう、フィリア。学校終わったのか」
 あくびをするカルクを見てフィリアの顔が曇る。
「カルク、疲れてる?」
「ん? あぁ、大丈夫だよ。仮眠取ったら少しすっきりした」
「そう。無理しちゃだめよ?」
「分かってるよ」
 ふと視線を感じてそちらを見るとレイと視線が合った。資料を口元に当てニヤっと笑うレイ。
「なに気持ち悪い顔をしてんの?」

「ひどっ!」
 呆れたように言うとショックを受けたレイ。
 その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

「はい、どうぞ」
 レイの言葉に続いて扉が開き、入ってきた人物を見てカルクは口を開いた。
「アウグラス総隊長、ダスティンさん」
「お疲れさん、二人とも」
 白いワイシャツに黒のネクタイ、そして同じ黒のスラックス姿の男性が労いの言葉をかける。彼はこのアルケット自警団の総隊長シェルバ・アウグラス。歴代の総隊長の中で最年少にしてその座に就いた人物でもある。紅色の髪がとても目を引く。その後ろに控えている黒のスーツ姿の青年はシェルバの秘書兼側近のブラウ・エルド・ダスティン。綺麗な金髪と碧眼、それに加えて中性的な顔と華奢な体格の彼は受付嬢などの女性員にひっそりと人気がある。ブラウはカルクたちに小さくお辞儀をして顔を上げた。
「おや、フィリアちゃん来ていたのか」
「こんにちは、アウグラスさん」
 ペコリと頭を下げるフィリア。
「どうしたんですか? 総隊長」
 レイの質問にシェルバは楽しそうに話す。
「いやなんかね、不思議な水晶を見つけたって工事作業員から連絡を受けてな。今から見に行くところなんだよ。君たちも来るかい?」
「不思議な、水晶…?」
 その言葉にカルクとレイはきょとんとなった。



 アルケット自警団の科学班室。ガチャとドアを開ける音を聞いて白衣姿の男は振り向いた。
「総隊長、となんでお前たちまで?」
 カルクとレイの姿に男は訝しがる。
「俺が誘ったんだよ」
 にこやかにそう言うシェルバに男は溜め息をついた。20代半ばで短い金髪とエメラルドの瞳の男クレイグ・ローダンは科学班の班長でシェルバとも親しい。
「何か分かったかい?」
「ああ、気になる事がある。これを見てくれ」
 モニターに映し出されているその周波数を見てシェルバも驚きの声を小さく漏らした。
「こんな周波数、見たことないな」
「あの水晶は精霊水晶のような力を持っているのかもしれない」
 クレイグはそう言った。
 精霊水晶とは、ロヴァイラス大陸の北にある洞窟から取れる不思議な力を持つ水晶で、数が少なく貴重な物なので政府に採取許可を得ていない者は近づく事すら禁止されている。許可の出ているアルケット自警団では、カルクたちの飛行ボードの動力源など、任務に必要な道具に使われている。
 シェルバたちがモニターを擬視している中、カルクとレイはその水晶を見ていた。じっと眺めていたレイは、不思議な感覚を覚えて首を傾げた。
 その時、団内中に放送が流れた。
「全団員に告ぐ! 東の海の上空に未確認生命体を発見! 数はおよそ20体。ゆっくりとアルケットに接近中!」
 放送が流れると同時に団内のあちこちにディスプレイが表示され、その生命体の姿を映した。カルクたちのいる部屋にもそれは映し出され、班員たちがざわめく。
「なんだ、あれ!?」
 クレイグの顔に驚きの表情が満ちる。
 映し出されたその姿は「黒かった」。人間に似た姿ではあるが、胴体が縦に細長く両肩は刃物の刃先のように尖った突起物が複数あり、細く長い腕や脚がだらーんと垂れている。その背中には黒い二枚羽があった。
 そんなものが海の上空を飛んでいるのを見て騒がない人はいないだろう。
「おいおい、水晶の正体も解明出来てないってのに、新たな未知生命体の登場かよ」
 そう言うクレイグの側でシェルバが耳につけている無線機で団内に放送を流す。
「全団員に告ぐ! ただちに出動準備をせよ! 相手は未知生命体。どんな攻撃をしてくるか分からない。注意を怠るな! 少年とレイも出動準備を!」
「はい!」
 カルクとレイはすぐに部屋を出、それぞれの隊がシェルバの指示を受け配置につく。カルクとレイは銃を取りに執務室に戻った。扉を開けるとフィリアがカルクの仕事机の上に表示されているディスプレイから顔を上げて、不安げな表情でこちらを見た。
「カルク、この黒いのなに…?」
 カルクはフィリアの元へ行くとディスプレイを消した。
「お前はここにいろ。絶対に外に出るな。いいな?」
「う、うん…」
 ウエストバッグを腰に、銃の入っているショルダーを両太股につけ、団の上着を羽織る二人。今から出動する姿にフィリアは不安を覚えるが、自分に出来る事は何もない。二人はウエストバッグから手に収まるくらいの長方形の機械を取り出した。その上の側部にあるボタンを押すと、たちまち飛行ボードに変わった。
 サングラスをかけ、窓を開けてテラスへ出る二人。
「気をつけてね、二人とも」
 フィリアの言葉に二人は振り向いた。
「大丈夫だよフィリアちゃん。心配しないで」
「ちゃんといろよ? 帰って来た時にいなかったら怒るからな」

 優しく笑うレイとは反対にカルクはビシッと言い聞かせた。
 フィリアが頷いたのを見て、二人はボードに乗って目標の場所へと向かった。不安げな表情でフィリアが見送る。



 黒い生命体が町の近くまで移動してきていた。見た事のないものに大騒ぎする町の住民を自警団員が安全な場所へ誘導する。すでに生命体に向けて銃で応戦している団員もいるが、それはまったく意味を成さなかった。なぜなら、銃弾は生命体に当たってもそのまま吸い込まれるようにその体に入っていってしまうからだ。
「なんなんだあれ! どんな構造になってんだよ!?」
 カルクはサングラスの右フレームについているスイッチを押した。生命体の分析が開始された。しかし、未知の生命体なだけに何も特定できない。
 その時、生命体の一体が視線を変えたのにカルクは気付いた。その先は自警団の方だった。そのまま進行方向をそちらへ向ける。
「まずい! あっちにはフィリアと総隊長たちが!!」
「なんであっちなんかに!?」
 二人はボードを加速させて生命体の前に立ちはだかる。そしてカルクは息を呑んだ。生命体の大きさは5メートルはあった。見下すように二人を見る二対の白い目。眼球はなく、ただ「白いもの」が顔の部分についているだけのようで、その目にカルクたちはおろか光さえも映っていない。まるでただの飾りに見えた。二人はショルダーから銃を取り出してトリガーを引いたが、やはりそれは意味がなかった。二人をただじっと見ていた生命体が右腕を上げると勢いよく横に払った。
「……!!」

 避けきれずそれを受けたカルクは、足がボードから離れそのままボードと共に地上へと急降下していった。
「カルク!!」
 レイがカルクの後を追うようにボードを下降させる。
 モニターから二人の様子を見ていたシェルバが叫んだ。
「レイ! 後ろ!!」
 無線から聞こえたその言葉に肩越しに振り返ったレイ。後を追って生命体が下降してきていた。その後ろでは、別の生命体が自警団の建物に腕を伸ばしていた。レイは視線をカルクに戻し右腕を伸ばす。
「カルク! しっかりしろ!!」
 その声が聞こえたのか、カルクはうっすらと目を開けた。すぐに自分が落下しているのだと気づく。
「……っ、レイ!」
 右腕に痛みを感じ逆の腕を伸ばす。カルクが意識を取り戻した事に気付いたレイはその左腕を掴んだ。そのまま自分の方に引き寄せ、すぐに体勢を立て直す―――しかしあと一歩というところでボードが地面と接触し、二人は放り投げられ別々の場所へと落ちた。
 その直後、ドシーンッ!と地面が震えた。カルクが上半身を起こすと、すぐ目の前にしゃがんでいる生命体と目が合った。犬のような座り方でじっとこちらを見る生命体。カルクもその目から視線を外せずにいた。いや、目を逸らしたらきっと攻撃される――そんな予感がした。
 その時、
≪…コ……ア……≫
 ノイズ音が混じった低い声が聞こえた。
「……え?」
 ――なに? なんて言った?
「コ、ア…?」
 バンッ!
 生命体の顔がぐにゃりとジェルみたいに形を崩し、すぐに元に戻った。
「レイ!」
 後方で片膝をついて銃を構えているレイ。
「カルク、すぐに離れろ!」
 連続で銃弾を生命体に打ち込む。
 時間稼ぎが出来たら…!
 そんなレイの考えをよそに生命体はカルクに先端の尖った右手を伸ばす。
 大きく黒い手。片手で自分を握りつぶせるのではないか―――そんな事を考えてしまい、立つ事も忘れて目を強く閉じる。そこに複数の銃声が聞こえ、目をゆっくり開けると四方八方から生命体に銃弾を打ち込む団員たちの姿があった。
「隊長! 今のうちに!」
「早くそこから離れてください!!」
 効かないと分かっていても打ち続け、弾がなくなったら補充する。団員たちはそれを繰り返す。
「カルク!」
 レイの声に体がやっと動き、すぐさま生命体から離れた。その瞬間、上空から大きな瓦礫が生命体の後ろに落ち粉々に砕けた。

 まさか――

 カルクは上空を見上げた。あの生命体がフィリアやシェルバたちのいる階を崩しにかかっている。
「まずいな。やつを止めないと総隊長たちに危険が…!」

 レイの言葉にカルクは唇を噛む。
 目の前の生命体が翼を広げて飛び上がった。砂埃が舞う中、カルクは辺りを見渡す。離れた所にボードを見つけ、それを拾うと飛び乗って生命体のいるところへ向かった。
「カルク!!」
「隊長!!」
 レイや団員の声など耳に入らなかった。



「総隊長! 生命体が建物を壊そうとしています! すぐに離れないと危険です!」
 男性オペレーターの言葉にシェルバは声を詰まらせる。

 今離れたら町や団員たちの状況を把握出来なくなる。だからといって離れなければ危険だ。

 シェルバは目の前の大きなディスプレイを見上げた。逃げる住民、生命体と応戦する団員たちの姿、崩れた町の建物の様子が映っている。今までこんな状況になった事はアルケットでは一度もない。

 判断を下せずにいるシェルバに、隣に立っているブラウは説き伏せるように言った。

「総隊長、何を迷っているのですか!? 住民や団員が大事ならば、彼らを守れる貴方が助からなければ元も子もありません! 今は離れるべきです!」

 シェルバはブラウを見たあと、前を向いて無線で伝えた。
「団内に残っている者に告ぐ! 生命体がここを壊しにかかっている! ただちに建物から脱出しろ!」
 団内に流れたその放送に団員が次々と脱出をし、フィリアも脱出しようと部屋を出、エレベーターの前に走ったが、閉じ込められる可能性を考えて階段の方に向かった。
 建物がミシミシと音をたてているのが聞こえる。
 ――――何が起こっているの!? カルクは大丈夫なのかな?
 その時だった。
 ミシッ、バキッ! ガラガラ!
 建物のどこかが崩れたのを感じ、その振動でフィリアは足がもつれその場に座りこんでしまった。
「な、なに!? まさか崩れ…」
 後ろを振り向いてフィリアの体は固まった。二対の白い目がこちらを見ていたのだ。瞬きも動く事もなくただじっと――。
 ――――――ゾクリ。

 その光景に身の毛がよだつ。恐怖で動けなくて座り込んだまま体を震わすフィリアに向けて、生命体がガラス窓を壊して手を伸ばす。
「や、やだ…。こないで…こないで…!」
 強く目を閉じて心の中で彼の名を呼ぶ。
 ――カルク…っ!!
 バンッ!バンバンバンバンッ!!
 聞こえた数回の銃声。ゆっくり目を開けると生命体の頭がぐらりと傾いた。そして翼を羽ばたかせて生命体はその場から離れる。
「フィリア! こっちだ!!」
 生命体のいた場所に今度はカルクが姿を現す。それを見て安堵し、立ち上がってカルクの元へ走った。差し出されたその手を取ろうとしたがそれは叶わなかった。カルクの体を黒く大きな手が掴んだのだ。ボードが地上へ落下していく。
「ぐ…っ!」
 力が強く体中が締め付けられて痛みが走る。
「カルク!!」
 自分の名を呼ぶフィリア。
「…っ、フィリア、早く地上へ降りろ…っ!」
「や、やだ…、だってカルクが…!」
「いいから早く…っ!」

 怯えるフィリアに言い聞かせようとした時、
 バンバンバンッ!!
 上から銃弾が生命体に当たった。生命体とカルクがそちらに顔を向ける。
「総隊長!!」
 窓からライフルで狙いを定めるシェルバ。再びトリガーを引き生命体に向けて打つ。頭、胴体、翼、どこにどれだけ打っても微動だにしない生命体にシェルバは舌打ちした。
「ちっ、どうなっているんだあいつ…!」
 沈黙していた生命体が言葉を発した。
≪コ…ア……我ガ、主ニ…≫
 再び聞いた「コア」という単語にカルクは引っかかった。
 またコアって言った。コアってなんなんだ?
 打ち続けるシェルバの元へ飛んだ生命体は大きく腕を振り上げた。ドガンッ!と大きな音を立てて建物の壁が破壊され瓦礫が下へ落下していく。
「総隊長!!」
 壁に体を打ち付けられたシェルバは、崩れるように膝をついて左肩を押さえた。

「生身の人間には、キツイな…っ」

 無事なのを確認してカルクはほっとした――のも束の間で、先程のところからフィリアの叫ぶ声が聞こえた。いつの間にか複数の生命体が建物を囲んでいたのだ。
「フィリア!!」

 生命体の一体がフィリアに手を伸ばす。
 やめろ、やめろ、やめろやめろやめろっ!!
「フィリアに手を出すなあああぁぁぁ!!」
 その時、地上に避難していたクレイグの白衣のポケットから青白い光が漏れた。中に入っていたのはあの水晶で、避難時に持ち出していたのだ。

「なんでこんなに光っているんだ?」

 取り出して見てみると、水晶の中にある球体の文字が青く光り、小さくドクンドクンと心臓が動くような鼓動を刻んでいた。
 その鼓動がカルクの体に伝わる。
 ―――なんだ…? この感じ…。
 次の瞬間、水晶は電光石火の如くの速さでカルクの元へ飛び立った。目の前に現れたその水晶に言葉を失っていると、生命体がそれに手を伸ばす。

≪コ…ア……我ガ主ノ、求メルモノ…≫

 もう少しで届く―――そう思われた。

 水晶は眩い青白い光を放ち、その光はアルケットだけではなく、イルエウィとサチエニアにまで届き、ロヴァイラス大陸全体を包んだ。
 その光を受けた生命体たちが雄叫びに似た声を上げ、その体は煙のような霧のようなものに変わっていく。
「なんだ? 何が起こった…?」
 シェルバやレイ、他の団員たちが緊張する中、カルクだけは冷静だった。
 声が頭の中に響いていたのだ。
≪少年よ、汝の愛しき者たちを守る力が欲しいか?≫
 守る力…?
≪我と契約を結ぶのならば、今一時汝の力になろう。さぁ、欲しいのなら手を伸ばすがよい≫
 その言葉は甘い誘惑に聞こえた。だが今逃せばきっと沢山の人が命の危険に晒される。そう思ったら手が勝手に動いていた。
≪よかろう。仮契約成立だ。これより我は汝のもの。汝の命が果てるまで、我は共にある≫
 眩い光を放つ石が溶け込むようにカルクの胸から体の中へ入っていった。カルクの体を掴んでいた生命体の手はすぐに離れ、カルクは崩れた自警団に飛び移った。
 右太股のショルダーに収められている銃を取ると生命体に向けた。
≪コア、ヲ、主ニ…≫
 生命体がカルクに手を伸ばす。煙になって消えそうな生命体にカルクの口元が笑う。
「我が契約を交わしたのはこの少年だ。契約者以外に力を与える気はない」
 そう言うとトリガーを引いた。青白い一直線の光が生命体の体を貫いた。

 平和な日々が続くと思っていた俺の思想はここで終わり、この時をもって俺の運命は大きく変わり始めた――…。

 

 

 ―――つづく

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