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 晴れ渡る空が眩しい正午。町では瓦礫の撤去作業が行われていた。昨日の生命体によって壊された家は少なからずあり、自警団員も作業に加わっている。
 自警団内では医療機関室に関係者が集まっていた。その視線の先には、CT機器で検査を受けるカルクの姿がある。放射線がカルクの体をすべて走査し、しばらくしてその結果がディスプレイに映し出された。
「どうだ? 何か変わったところはあるか?」
 隣に立つシェルバの問いに医療部隊の幹部であるルオーダ・セヴァルは、しばらくディスプレイと睨み合ったあとシェルバに顔を向けて口を開いた。長めの茶髪が少し揺れた。
「いえ、異常ありません。これで検査はすべて終わりましたが、どれも正常値です」

 ルオーダの診断が間違えるはずはないと思っているシェルバは「そうか」とだけ呟いた。

 二人の後ろで聞いていたクレイグは、
「ならあの水晶はどこに消えたんだよ?」
 と納得がいかない面持ちで問う。ルオーダは肩越しに彼を見る。
「それを調べていたんじゃないですか。その結果がこれなんですよ」
「機器が壊れてるんじゃないのか?」
 その言葉にルオーダはムッと表情を変えた。
「先週点検が終わったばかりです。それはありえません」
 お互いを睨むルオーダとクレイグ。シェルバには二人の間に火花が散っているように見えた。
「君たち、どうしてそんなに仲悪いの…?」
 手と手を取り合って問題を解決していく、それが仲間というものではないのか? この二人はなんだか逆効果を生み出している気がする。

 なんか胃がキリキリしてきた、と呟くシェルバの隣でレイはじっとカルクの方を見つめていた。
 カルクの体に入っていった輝く水晶。そしてカルクの銃から放たれた青白い光線。自警団の銃にそんな機能はない。明らかに違う力が働いていた。その力はあの水晶によるものなのだろうけど、肝心の水晶がカルクの体内のどこにも見当たらない。

 黒い生命体をすべて消し去ったあとカルクはその場に倒れた――すべての力を使い果たしたかのように。
 ―――あの時、何があった?

 側にいれば良かった――今頃そう思ってもどうにもならないが。

 ―――ズキッ
「……っ!」
 一瞬頭に走った痛み。手を額に当てて堪える。
「どうした? レイ。もしかして怪我が痛むのか?」
 レイはあの戦いで肩と額に怪我を負った。額の方は大した傷ではないが、痛みがないわけではない。だが今の痛みは怪我の痛みではない――まるで電気が頭の中を流れたような感覚だった。
「いえ…大丈夫です」
 その痛みはすぐに消え、安堵の息を漏らした。


 

Mission:2 精霊洞窟



 カルクの検査が終わり、シェルバは自警団の一室にいた。自分の執務室である総隊長室は生命体によって破壊されてしまったため、修復されるまでこの部屋を臨時総隊長室として使う事にしたのだ。
 ソファに座り、長テーブルの左側に置かれている、小さな横長い機械を見つめている。機械からホログラムディスプレイで映し出されているのはニュース番組。男性ニュースキャスターはこう言う。
『昨日アルケットが未知生命体の攻撃を受け、自警団本部や民家などが壊される被害が起こりました。軽傷や重傷を負った者は多数おりましたが、死者は出なかったとのことです。ロヴァイラス大陸を眩しい光が包み込んだあと、アルケット自警団から青白い光が何度も放たれましたが、それが何かは分かっておりません。自警団は詳細を伏せており…』
 シェルバは手にしているリモコンで電源を消すと、
「うーん、いろいろと困った」
 と、背もたれに体を預け、渋い顔で腕を組む。向かいのソファに座っているブラウはシェルバを見て言う。
「民間人への説明が難しいですね」
「何も分かっていない状況じゃ説明も何も…」

 あの生命体は少年によって消滅したわけだが、これでこの件は片付いた事にしていいのだろうか? それともまた襲ってくるのだろうか?

 それさえ分かっていない。様子見、といきたいが民間人は恐怖で心が休まらないだろう。

 どうにかしないと―――。

 そこへピピピ、ピピピという機械音が鳴った。

「繋げますか?」

「ああ」

 ブラウは席を立ちシェルバのソファの後ろに立つと、内ポケットから小さなリモコンを取り出して目の前の壁に向けてスイッチを押した。ホログラムディスプレイに自警団員の上着を羽織った70代くらいの褐色の老人男性が映し出される。

「お疲れ様です、フーロ総隊長」

『お疲れ様、アウグラス総隊長。調子はどうかの?』

 老人はニコニコしながら伸びた顎髭を撫でる。

 学問都市イルエウィの自警団総隊長アンバム・フーロ。70近い年齢でありながら現役を務めており、歴代総隊長の中では最年長だ。その体力も戦闘技術も若者には負けていない。

「ぼちぼちですかね。フーロ総隊長はお変わりないようで。本日はどのようなご用件で?」

 予想はついている。

『察しておろう? 昨日の件じゃ』

 やはりか。

「それに関しては何一つ分かっていません。なのでお答えできる事は…」

 そこへ再びピピピ、という音が鳴った。

「ちょっと失礼」

『構わぬよ。きっとバラドリッド総隊長じゃろ』

 新たなホログラムディスプレイに映し出されたのは、フーロの言うとおり上流階級都市サチエニアの自警団総隊長ジームル・バラドリッドだった。襟元のボタンを一番上まで止め、ネクタイもしっかりと締めている姿はお堅い感じがして近づきにくい雰囲気を出している。30代半ばで真面目な性格だが、真面目すぎて酒や煙草も嗜まない。場合によっては冗談も通じない男である。

「お疲れ様です、バラドリッド総隊長」

『お疲れ様です、アウグラス総隊長。昨日の襲撃の件をお聞きしたく、ご連絡させて頂きました』

 でしょうね。

「すみません、詳細は何一つ分かっていないのです」

 さきほどフーロに答えたのと同じように返した。

「ほほほ。昨日の今日じゃからな、当たり前かの。すまんの、急ぎすぎたわい」

 フーロの和やかな笑い声が部屋に響く。

『…そうですね、失礼致しました。被害はどれくらいですか?』

「ニュースをご覧になっていると思いますが、報道通りです。死者が出なかったのは幸いでしたが、崩壊した建物の再建や怪我人の治療などでしばらく人手が要りようになります」

『でしたら要員を送ります。必要物資があればそれもお伝えください』

『こちらも援助するでの、要請を送ってくれ』

「ありがとうございます。助かります」

 二人の好意にシェルバとブラウは頭を下げた。

 もし、生命体がまた攻めてくるのならば、イルエウィとサチエニアの協力も必要になる。

 出来れば攻めて来ないで欲しいものだ、と内心思うシェルバだった。

 

 

 医務室のベッドに横たわって天井を見つめる。右腕を伸ばして手を握ったり開いたりを繰り返す。
 あの生命体の強い一撃を受けて激しい痛みが走った。折れたと思ったのに傷はおろか痣すらなく、ルオーダもそのようなものは見ていないと言った。動かしてみても痛みは一切なく、一夜で治るものではないだけに余計に気持ち悪い。

 脳裏にあの水晶がよぎる。 

 確かに自分の中に入った―――そこからの記憶はない。

 気がついたら医務室のベッドの上で、しかも一日経っていた。体調を見て診察や検査を受けさせられて先程全部終わったところなのだ。
 ガラ、と扉を開ける音がしたと思ったら、

「カルク、起きてる?」

 カーテンの向こうでレイが話しかけてきた。カルクは体を起こし、ベッドに腰掛けてカーテンを引く。

 カルクの顔を見てレイはほっとしたように笑みを浮かべた。

「良かった、顔色が良くて」

「気味悪いくらいに体調は絶好調だ」

「え?」

 きょとんとするレイ。

「なんでもない。で、どうした?」

 聞くとレイは渋る感じで口を開いた。

「あー…今日科学班に同行する任務が入っているんだけど…」

 言われてカルクは思い出した。

 任務内容は、北の「精霊洞窟」にある精霊水晶を採取しに行く、科学班の護衛役としての同行だ。特殊部隊に入団してしばらくしてから、精霊水晶の採取には特殊部隊の隊長クラスのみが同行する事になっていると聞いた。カルクも何回か同行した事がある。

「そういやそうだった。もう時間か。んじゃ行こう」

 ベッドから立ち上がった時、

「あ、待って!」

 制止された。

「なに?」

「いや、ローダンさんが今回カルクは団に残るようにって言ってて、俺はそれを伝えに…」

「は? なんで?」

「体調を優先して、との事で」

「絶好調だってさっき言っただろ?」

「こういう時のカルクの絶好調は信用ならない」

 スッパリと言い切られたカルクはカチンッときて、椅子に掛けられていた自分の団の上着と銃などをバッと取ると足速に医務室を出て行った。

「ちょっ、カルク!」

 慌ててレイが後を追う。

 科学班の班長室、紙が散らばっている机に腰を預けて3人の班員と話していたクレイグは、コンコンとノックする音に応えた。

 失礼します!とカルクが入ってきて、そのあとをレイが追って入ってきたので首を傾げた。

「なぜここにいる? ディラクローネ」

「俺も行きます!」

 そう言うカルクを見たあとクレイグはレイに視線を移す。

「ちゃんと言いましたよ? でも聞かないんです」

 肩を竦めるレイ。
「体調が万全じゃない状態では連れて行けんな。今回は留守番だ、ディラクローネ」

「体調ならもう平気です! それに何度もこなした任務です! 失敗は」

 バンッ!

 力強く机を叩いたクレイグに驚き、その場にいる者は全員体を竦めた。

「何度もこなしたから、経験したからと言って過信をするな。その過信で取り返しがつかない事だって起こる。今のお前は信用出来ない。残れ」

 重く強い声音にカルクはそれ以上言えず、結局自分なしのメンバーで任務に向かう車を見送る事しか出来なかった。

 執務室に戻ったカルクは、団の上着を羽織ったままソファに腰掛けてボーとしていた。携帯を取り出して見てみると着信とメッセージが何件も残っていた。メッセージはどれも自分の身を案じてくれた友人や両親からだった。着信も同じ人達からだから内容はきっと同じだろう。

 ディスプレイを切り、ソファから立ち上がった瞬間、

「…―――っ!」
 突然眩暈が起こり、ドサッとソファに倒れ込む。

 目の前が真っ白になり、脳裏に一人の人物の姿が浮かぶ。不気味な事にその人物の姿は影のように黒く、顔などは一切見えない。

 ―――なん、だ…これ?

 次の瞬間、その人物からいくつもの黒く大きな手が飛び出した。

 ―――!!

 そしてこちらに向かって勢いよく伸び、捕まえようとするかのようにその手が開く。
「………っ!!」
 ビクッと体が震え、現実に戻される。心臓に手をあてた。胸の鼓動は速く、走ったわけでもないのに息は切れていた。
 ――なんだ…今の…? あれは…誰だ…?

 体を起こし汗を拭う。そこへノック音が響いた。

「……どうぞ」

 入ってきたのはシェルバだった。カルクの側まで歩むとその様子に気づく。

「…顔色が悪いな。まだ体調が良くないのか?」

「いえ、大丈夫です。…何かご用ですか?」 

「いやなに、やはり留守番を言い渡されたかと思ってな」

「……俺は不服です」

 言葉どおりに顔も不服を訴えていた。シェルバは軽く笑ったあと向かいのソファに座った。

「昨日の今日だからね、君の身を案じているんだよ。ああ見えて彼は結構優しいから」

「…よくご存知なんですね、ローダンさんの事」

「んー、そんなに深くは知らないけどね。ところで少年、この記事は読んだかな?」

 そう言って左腕に付けている機器をいじり始め、あるニュース記事をディスプレイに表示してカルクに見せた。それに目を通すなり、カルクは傍らに置いていた銃などを掴んで部屋を飛び出した。

 入れ違いにブラウが入ってくる。

「ローダンさんは行かせないようにしたのに、貴方は背中を押すのですね」

「どんな状況でも、対峙する者同士がお互いの実力を学んで先に進めるのなら良いんじゃないかな?」

 実力主義の自警団なら尚更だろう―――。

 窓の外を見るシェルバ。空の向こう、カルクは飛行ボードを飛ばしていた。

 

 

 ピチャンピチャンと水が滴る音が洞窟内に響く。洞窟の奥に開けた空間があり、そこには時間の経過によって自然に出来た湖がある。その湖の真ん中に浮き出た岩肌から生えているように聳(そび)え立っているのが精霊水晶だ。先が尖っていて大きさは様々、全長は10メートル以上はあるだろうか。日の光が入らない洞窟でもキラキラとまるで宝石のように輝いている。

 精霊水晶と陸を繋ぐのは木造の簡易的な橋だ。班員たちが足場に気をつけながら精霊水晶の採取に取り掛かっている中、護衛役で作業を手伝えないレイは橋の上から精霊水晶を見上げていた。

 これが何千年も前からあるなんて―――。

 以前、どういう経緯でこれが出来たのか調べてみた結果、『落日』と呼ばれた日に突然現れたらしい。その落日についても調べようとした事が何度かあった。だがその度に朝のように電気が頭の中を走り抜けていく感覚に襲われ、痛みで中断してばかりだった。

 どうしてかは分からない。脳が拒否反応を起こしているみたいで気持ち悪い。

 その時だった。

 ズキッ

「い―…っ!」

 頭に走った痛み。反射的に額を押さえる。

 またこの痛み――!

 電流が流れたようなビリビリ感。その痛みが和らいだと思ったら脳裏にゆっくりと風景が浮かんだ。

 どこかの高い建物から下を見下ろしている自分がいる。下に広がるのは木々と所々にある泉。そして飾りが施されている高さ数十メートルはある大理石の円柱がいくつも点在している。

 自分の意思とは関係なしに視線が左側を向いた。誰かがいる。その人物の顔は逆光でよく分からないが自分を見ている。

 ――――誰…だ…?

 なんとなく口に笑みが浮かんでいて、話しかけられているように見える。だが声がまったく聞こえない。

 知っているような気がするのに、名前も顔も出てこない人物。

 頭が痛い。誰なんだ君は――…!

「…イ、レイ!」

 はっと我に返る。痛みはもうない。

「大丈夫か? お前も体調が悪かったのか?」

「いえ、気にせず作業を続けてください」

「…そうか? あと少しだからもうちょっと待っててくれ」

「はい」

 クレイグはそう言うと再び作業に入った。

 

 

 精霊洞窟の入り口で待機している二人の男性警備員のうち一人が何かに気付いた。

「ん?」

「どうした?」

「あの茂み、動いてないか?」

 指を指した先の茂みがガサガサと動いている。

「ほんとだな」

「動物かな?」

 しばらく見ていたが茂みはガサガサと動くだけで動物が出てくる気配はない。二人は顔を見合わせて首を傾げる。

「ちょっと見てくる」

「持ち場を離れるなって」

「少しだけ」

 そう言って一人が茂みに近づき、顔を覗かせた時だった。

「うわああぁぁ!」

 男性は引きずり込まれるように茂みの中に入った。それを見たもう一人の男性が駆け寄る。

「おい、どうした!! うわあぁぁ!」

 同じようにもう一人も茂みの中に引きずり込まれ、すぐに辺りは鳥のさえずる音しか聞こえなくなった。

 クレイグたちが作業を終わらせ、洞窟から出てくると警備員たちの姿がない事に首を傾げた。

「どこに行ったんだ? 入り口を離れるなんて無用心にも程があるぞ」

 貴重な精霊水晶がある場所なのだ。入り口に監視カメラが付いているとはいえ、警備員が離れる事は何かない限り許されない。

「…何かあったんでしょうか?」

 レイの言葉にクレイグは他の班員に指示を出す。

「お前たちは車に戻れ。俺とレイでちょっと周辺を見てくる」

 班員たちは指示に従い車に近づいた時だった。茂みから複数の黒ずくめの男たちが飛び出し、周りを囲んでこちらに向かって銃を構える。キャップとマスクをしていて顔が分からない。

「死にたくなけりゃ動くなよ?」

 男の一人がそう言い、クレイグは察した。

 こいつらが精霊水晶を狙った強盗グループか。

 ここ数ヶ月の間、精霊水晶が狙われる事件が起きていた。貴重な精霊水晶は闇オークションで高値で取り引きされているのだ。一ヶ月前にもイルエウィの科学班が採取の帰りに襲われている。かろうじて精霊水晶は奪われずに済んだが、軽傷を負った者が出た。

 事前にこの事件の事をクレイグから聞いていたレイと他の班員もすぐに察したが、相手が武器を持っていると無闇に動けない。

 男は班員たちが肩から下げているボックスを見た。中には精霊水晶が入っている。

「そのボックスをそこに置いて、あの二人のところに行け」

 班員たちは緊張した面持ちでクレイグに視線を送る。クレイグはコクリと頷いた。指示通りにボックスを地面に置き、班員たちはレイとクレイグの元へ行く。

「動くんじゃねぇぞ?」

 銃口をレイたちに向けたまま、男は顎で仲間にボックスを拾えと指示し、3人がボックスを拾って肩に下げた。

 レイは男たちを観察する。

 全員で6人。武器は銃だけのようだが、ナイフを隠し持っている可能性もある。こっちは自分しか武器を持っていない。一人と応戦している間に他のやつらがクレイグたちを人質に取るかもしれない。

 どうする――…?

「そこの銃を下げているやつ!」

 その言葉にレイは男を見た。

「腰に着けてるものを全部外してこっちに投げろ」

 あー…やっぱそうなるか…

 それだけはやめて欲しかったが、そう上手くいかないもんだな。

 言うとおりに銃やウェストバッグを外し男の前に投げた。それを男の仲間が拾う。

 指示を出しているこの男がリーダー格なのだろう。応戦する武器がなくなった今、言うとおりにするしかないか。

 カルクがいてくれたらまだ手段はあっただろうな…。

 レイは心の中で溜め息をついた。

 その時、リーダーの男に気づかれなかったため取り上げられなかった無線機から応答があった。その内容を聞いてレイの口元が笑う。

「ローダンさん」

 隣に立つクレイグにギリギリ聞こえるくらいの声で話す。クレイグが横目でレイを見る。

「すぐに終わらせます」

「あ?」

 笑みを浮かべるレイとは逆にクレイグの頭上には疑問符が浮かんだ。

 レイは小声のまま無線先の相手に暗号を送る。

「全6、前右2、前L、左3、右1T 以上」

 すぐに相手から返答があり、それにレイは「了解」と返す。

 リーダー格がレイたちの乗ってきた車を見、仲間に乗るように指示を出した。逃走に使うようだ。

「ローダンさん、俺が動き出したら皆さんを連れて洞窟内に隠れてください」

「…大丈夫なのかよ」

 不安でげんなりするクレイグに、大丈夫ですよと返すレイ。

「すぐに援護が来ます」

 そして男たちが動き出した瞬間と、無線からの合図がほぼ同じだった。

 レイがダッと男たちに向かって走り出す。クレイグはすぐに班員を連れて洞窟内に走った。

 男たちは突然向かってきたレイに驚き、

「…んのやろっ!」

 リーダーの男が銃をレイに向けて発泡した。レイは自分の銃を持っている男に向かい、その腕を掴むと男をリーダーの方に向け、飛んできた弾は男の脇腹をかすった。悲鳴を上げる男を放し、レイは自分の銃を取り返してショルダーから引き抜くとリーダーの脚に向けて発泡。弾は脚に当たり、男は油断して体勢を崩した。残りの仲間もレイに銃口を向けた時だった。ズザッと後ろで音がし、そちらを見ると飛行ボードを左手に抱えているカルクが立っていた。

 自警団の上着を着て右手に銃を持つカルクにレイは笑みを浮かべ、洞窟から顔を覗かせていたクレイグは、

「なんで来てんだよ、あいつ…」

 と額を押さえた。

 男たちはカルクに銃口を向けた。

「んだてめぇ? ガキの出る幕じゃねぇんだよ!」

 一人がトリガーを引こうとした瞬間、その銃は一瞬にして空を舞う。すぐ目の前に現れたカルクに驚いた男は、ひっ、と小さな悲鳴を上げる。そして次の瞬間には回し蹴りを食らって地面に倒れ目を回した。倒れた際に精霊水晶が入っているボックスがゴトッと地面に落ちる。

 それを見てクレイグが、

「おいこらっ! その箱は丁重に扱え!」

 と怒鳴る。

「あ、すみません」

 ペコリとクレイグに謝るカルク。

「このガキッ!」
 残りの二人が胸ポケットからナイフを取り出してカルクに切りかかる。その攻撃を避け、一人目の男の腹に蹴りを入れたあと回し蹴りを食らわせ、もう一人の男には背負い投げを仕掛けたあと、体をうつ伏せにしその腕を後ろに組ませた。

 その一連の軽やかな動作に班員たちが「おぉ…」と小さく声を上げる。

 カルクはと言うと、
「ガキガキってバカにしやがって。伊達に隊長をやってねぇっての!」
 怒りに任せてギリギリと男の腕を絞める。男が悲鳴を上げるがそんなの知った事ではない。

 それを見てレイが、

「カルクにそのワードを言ったら終わりだな」
 と呟いた。

「てめぇも終わりだ!」

 リーダーの男が脚を庇いながら言うと、レイの後ろからもう一人の男がナイフを振り上げる。

 そういやもう一人いたんだった…!

 レイがトリガーを引こうとした時、バンッ!と銃声が響き、男はうぐっと声を洩らすとその場に倒れた。腹部を押さえたあとすぐに寝息が聞こえてレイはカルクの方を振り向く。男に体重をかけたままこちらに銃口を向けているカルク。持っているのは即効性の強い麻酔銃だった。

「くそったれが!!」

 最後に残ったリーダーが銃をカルクに向け、発砲した。

「カルク!!」

「少年!!」

 レイとクレイグの緊迫した声が響く。

 向かってくる銃弾。この距離では避けられないと悟り目をつむった時だった。

 バァン!

 何が起こったのか、リーダーの男どころかレイやクレイグすらすぐに理解出来なかった。

 カルクの前で銃弾が停止したかと思えば、一秒で粉々になり空中で消滅した。その一瞬の出来事に場にいる全員が言葉を失った。

 信じられない光景を目の当たりにしてクレイグは、

「やはり研究したいものだ」

 と、目を輝かせていた。

 

 

 残ったリーダーの男はレイに取り押さえられ、クレイグが警察に連絡をして事は片付いた。

 そしてボックスの中の精霊水晶の状態を確認する。水晶は砕けたりなどせずキラキラに輝きを放ち続けていた。

 クレイグはホッとするとカルクに振り向いた。その顔が鬼の形相でカルクは思わず顔を逸らす。

「精霊水晶がどれだけ貴重なものかお前も分かっているだろう?」

 クレイグの口調は冷静だが、怒りのオーラが撒き散らされていてレイはおろか班員にまでピリピリと伝わっている。

「…はい」

 怖い、と内心思いながら答えるカルク。

「それを落とすなど豪語同断だぞ?」

「…すみません」
「代償にお前を実験台に乗せて、昨日その体内に入った水晶がどこにあるのか調べさせてもらおうか。あ?」
 悪人ヅラを浮かべながらその言葉を吐くもんだからカルクはビクッとし、思わずレイの後ろに隠れた。

「精霊水晶は無事だったじゃないですか!」
「たまたま無事だったんだよ! 精霊水晶は100グラムで数十万オルドはするんだぞ!?」
「え? 貴重なのは知ってたけどそんなにすんの?」

 盾にしているレイを見上げて問うカルク。

「俺に聞かれてもね……。えっと…ローダンさん、落ち着きましょう。あ、総隊長への連絡がまだでしたよね!? 今回の事早く知らせた方がいいんじゃないですか!?」

 カルクとクレイグの間で板挟みにされているレイからしたら早く解放されたい一心だった。

 クレイグは溜め息をついたあとカルクを見た。まだ何か言われるのか、とカルクはじっと耐える。

「体調はいいのか?」

「え?」

 思わずきょとんとなる。

「答えろ」

「あ、はい。問題ないです!」

 レイの後ろに隠れながら敬礼するカルク。クレイグは背を向けると、

「そうかよ。さっさと車に乗れ。帰るぞ」

 そう言ってさっさと車の方に向かった。

 ―――ああ見えて彼は結構優しいから。

 シェルバの言葉を思い出してカルクは小さく笑い、そんなカルクを見てレイは首を傾げる。

「早くしろ!」

 助手席の窓から叫ぶクレイグ。二人は慌てて車に向かった。

 

 

 アルケットのはるか上空に漂っているいくつもの浮き島。その一つに数体の黒い生命体と一人の青年がいた。バロック調の建物や柱は崩れ、蔦が覆い隠すほどに絡まっている。昔は綺麗な町並みだったのだろう、と思わせるが今はその影は全く見当たらない。

 青年は犬のように座る生命体たちと向かい合っていた。

「あー、くそ。まだ誰の手にも渡っていないからチャンスだと思ったのに。いきりなり失敗かよ。てめぇらもなんで建物を狙ったんだよ! すでに『トワイライト』は持ち出されてたじゃねぇか! しっかり感知しろよ! しかもガキの中に宿りやがった! ああぁぁ面倒くさい事になった! さっさと終わらせるつもりだったのに!」

 腰まである長い黒髪と東洋の赤い着物を着た青年はイライラしながらそう吐き捨てる。生命体は身動き一つせず、じっと青年に視線を落としている。

 島の端まで行った彼は地上を見下ろした。赤い瞳がくぐもったルビーのようだ。

「必ず、トワイライトを手に入れてやる」

 晴れ渡る青空、青年の言葉が風に消えた。

 

 

 ―――つづく。

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