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 広大に広がる青い空。辺りは一面に広がる花畑。種類も大きさもさまざまな花たちが風でそよいでいる。その風に乗って花の匂いが流れてくる。
 ――ここはどこだろう。
 ボーと突っ立っていると頭上から羽の羽ばたく音が聞こえてきた。左手を額にかざして見上げると三羽の白い鳥が旋回していた。ときどきお互いの体をくっつけて楽しそうにじゃれている。よく見ると、鳥の尾は長く体がキラキラと虹色に輝いている。
 ――不思議…。なんていう鳥なんだろう…?
 目を奪われていると、鳥たちは前方に飛んでいく。
「え、あ、待って…!」
 慌てて自分も追うように駆け出していた。鳥たちの飛行スピードはそんなに速くない。まるで自分の走るスピードに合わせてくれているように思えた。周りを見渡してみたが、やはり花畑が広がっているだけで他には何もない。鳥の方に視線を戻すが、こちらも依然と真っすぐに飛んでいるだけだ。
 どこに行くのかしら?
 変わりばえのしない景色。聞こえるのは鳥の羽ばたく音と、自分が踏みしめる草花のザッザッという音、そして同じく自分の息づかい。それ以外は何も聞こえない。
 そろそろ走り疲れてきて足が止まりそうになった時、前方に「何か」が見えてきた。建物ではないのは確かだ。だがもうちょっと近づかないと確認出来ない。止まりそうになっていた足を再び走らせる。
 徐々に距離も縮まり、その「何か」も分かった。人間だ。それも少女だった。
 裾が地面につくほどの長いドレスを身にまとい、髪は上に結いあげているが、それでも腰より長い。
 自分の前を飛んでいた一匹の鳥が、急にスピードを上げて少女の元に飛んでいく。鳥の存在に気付いた少女は左手をかざし、鳥はその手の甲に降り立つとキュルーキュルーと鳴いた。
 少女の側まで辿りついてゆっくりと足を止める。こちらに向いた少女の綺麗なスミレ色の瞳と合った。少女が微笑む。
「まさかお会い出来るとは思っていませんでしたわ」
 少女の手の甲に乗っていた鳥が、上空にいる他の鳥の元へと飛ぶ。少女は両手でドレスを軽くつまみ、膝を小さく折るとお辞儀をした。仕種も優雅だが、少女自身もとても綺麗だった。
「初めまして、私フローラと申します」
 少女の笑みがこぼれた瞬間、ザアァァ!と視界を覆いつくすほどの花びらが舞い、シルラは反射的に腕を顔の前にかざした。
 そして、目を開ける前に意識はそこで途切れた。

 

 

第一話 彼女と彼の出会い



 ポカポカと暖かい季節。空も青く日差しも柔らかい。洗濯物をするにも散歩をするにもちょうど良い。
 そんな良好の日に、少女シルラ・ハーネットはお気に入りのオープンカフェ「ケルトールラッタ」にいた。お店の一番端にあり、木のすぐ下に置かれている円形のテーブルに、木漏れ日で出来た木の影が落ちる。
 お気に入りの店でお気に入りの席に座れた。今日は良い事が起こりそう。
 そう思うと気分がワクワクドキドキしてくる。そんな気持ちで街を見渡すと、いつもと違う景色に見える。
「お待たせ致しました、ご注文のショートケーキとオレンジジュースです」
 その声に視線を変える。その先には、店の制服を着て髪を結い上げた一人の女性がトレイを持っていた。注文したものを丁寧にテーブルの上に置く。
「ありがとう、シゼリアさん」
「シルラちゃん、来た時は声をかけてっていつも言ってるでしょー!」
 そう言うとシゼリアはシルラに抱きついた。
「ごめんなさい。お店の中を覗いてみたんだけど忙しそうだったから…」
「そんなの気にしなくて良いから声をかけてちょーだい! シルラちゃんが来てくれるのが仕事中の唯一の楽しみなんだから!」
 肩をガシッと掴まれ、ウルウルと潤んだ目で見られる。
「は、はい。今度はちゃんと声をかけます…」
 その目にタジタジになる。
 シゼリアとは小さい頃家がお隣同士で、自分より年上のシゼリアは一人っ子のシルラにとってお姉さん的存在だった。シゼリアが結婚して家も引っ越し、子供も出来てからは忙しくて、今はこうやってお店でしか会えなくなってきている。淋しい時もあるけど、会えるだけでも嬉しく思う。
「あ、そうそう。この前の「花祭り」!今年も良かったわよ。相変わらず綺麗な歌声で惚れぼれしたわ! 写真もバッチリ撮ったから今度持ってくるわね」
「あ、ありがとう」
 ここ水の都ラクティスは、花の女神フローラに愛された町として有名だが、もう一つ有名なものがある。
 「花の歌姫」誕生の物語だ。
 女神フローラがこの町を訪れ、そして去ったあと、町のある娘がフローラの歌っていた歌を口ずさむと、町中の枯れていた花が満開に咲いた。それは娘だけではなく町中の者も驚かせた。次の日も歌ってみたが何も起こらなかった。その次の日もまたその次の日も歌ってみたが、やはり何も起こらず、あの時はただの偶然で娘の歌は関係ないと町人は思った。結局花が満開に咲いたのはその日だけで、それ以外の日では何も起こらなかった。翌年の同じ日に娘はもう一度歌ってみた。すると、花は再び咲いたのだ。偶然だと思っていた町人たちは確信した。
「この娘はフローラ様に選ばれた歌姫だ!」
 それ以来娘は「花の歌姫」と呼ばれ、年に一度奇跡が起こるその日を「花祭り」と名付けた。
 時が流れた今でも奇跡の力を持つ歌姫は存在し、現在その歌姫の力を有しているのがシルラであった。
 数日前に「花祭り」が行われ、他国から奇跡を見ようと今年も観光客が町に詰め寄った。おかげでレストランや屋台、お土産屋さんは大繁盛だ。シゼリアの店も例外ではなく、忙しいであろう中、シゼリアはカメラ片手に観光客の中に突入する。満足するまでシルラの写真を取ったあとは、それを焼き増ししてシルラに渡す。シルラが歌姫になってからは毎年の事で、今では写真は溜まりに溜まって、シルラだけでアルバムは8冊を超えている。つまりシゼリアはシルラの大ファンという事だ。
 毎年やる事は変わらないのに、シゼリアさん何をそんなに撮る事があるんだろう…?
 カフェを出て、トボトボと歩きながらそんな事を思う。そしてふと空を見上げた。
「あ、鳥…」
 白い鳥が一羽、頭上を通り過ぎていった。
 ――そういえば、今日見た夢にも…。
 広がる花畑、淡く虹色に輝く三匹の鳥を追いかけたら一人の少女に出会った。
 名前は…。
「…あれ? なんて名前だっけ?」
 夢は覚めたら忘れているもの。今日のもそれのようだ。
 考え事をしていたからだろう。小路から飛び出してくる人物にシルラは気付かず、「わっ!?」という相手の驚いた声でようやく気付いた。
 だが遅かった。
 ドンッ!
 お互いの体はぶつかった。
 幸いぶつかってきた人物は体が小さいようで、シルラは多少よろけたが踏みとどまってすぐさま腕を伸ばして相手の腕を掴んだ。
「良かった。転ばなくて」
 そう言うと相手の驚いた声が返ってきた。
「歌姫さま!」
 シルラが腕を掴んだ相手は茶髪のショートヘアで、後頭部に大きなピンクのリボンをつけた8歳くらいの少女だった。
「大丈夫?」
 ぶつかってずり落ちた鞄をもう一度肩にかけ直し、微笑んで聞くと少女は慌てて頭を下げた。
「は、はい! ごめんなさい!」
「ううん、私の方こそよそ見しててごめんね」
 シルラはしゃがんで少女の顔を覗き込んだ。
「そんなに慌てて何かあったの?」
「あ、えっと…」
 少女は肩から下げていた花柄のショルダーバッグの中をあさり、中から一通の封筒を出してシルラに見せた。
「お手紙、早く出したくて!」
「お手紙…」
「うん! 本土にいるお姉ちゃんに!」
 少女の嬉しそうな笑顔がこぼれる。

 ちゃぷん。
 オールに合わせて波打つ水面。配達物はあと3件届けたら今日は終わりで、その余裕の表れなのかゴンドラを漕ぐスピードもゆっくりだ。ふと視界がある人物を捉えた。
「そう、お姉ちゃん結婚をしたの。年の離れたお姉ちゃんなのね」
「うん。ドレス姿もね、すごく綺麗だったの!」
 道ばたにしゃがんで一人の少女と楽しそうに話をするこの町の歌姫。
 何してるんだろ…?
 ゴンドラを漕ぎながら少年は心の中で思う。
「そうだモモちゃん。ポストのある所まで一緒に行く?」
 モモと呼ばれた少女は瞬時に嬉しそうな色を顔に浮かべた。
「いいの!?」
「ええ」
 立ち上がって、右手をモモに差し出す。
「行きましょう」
 そう言って微笑むとモモの顔がほのかに赤くなり、だがすぐに笑みが浮かび、シルラの右手を取った。
 ゆっくりと進むゴンドラ。歌姫との距離も近づき、少女と楽しそうに交わす声もはっきりと聞こえてくる。
 そしてすれ違ったあと、少年はゴンドラを止めて振り返り、そのままシルラの姿が見えなくなるまで視界に映した。

 カコン。
 軽い音と共に手紙がポストに投函された。
「目的たっせーい!」
「たっせーい!」
 両腕を上げて万歳をするシルラに続いてモモも万歳をする。
「ありがとう、歌姫さま!」
「どういたしまして。お姉ちゃんからの返事が楽しみだね」
「うん! でもね、最近忙しいのか返事が遅いの。前は出したらすぐに返ってきたのに…」
「でもお返事はくるのでしょう?」
「うん…」
 モモの表情は淋しそうだった。
「なら待ちましょう。そして来たお手紙にまた返事を書こう。忙しくても、お姉ちゃんはモモちゃんからの手紙を楽しみにしているわ、きっと」
 目の前のポストとモモを交互に見てシルラは笑った。
 それを聞いてモモは「そ、そうかな?」と恥ずかしそうにしていたが、そのあとシルラと同じように笑った。
「それじゃ、気をつけて帰ってね」
「うん! バイバイ、歌姫さま!」
 手を振り、モモと別れたシルラはまた歩きだす。
 そしてバサッと聞こえた音に空を見上げる。だがそこには何もいなかった。辺りを見回してみる。
 右には建物が並んでいて、左には広い水路。
「あ…」
 水路の向こう側に立つ数本の樹木。その一本に、淡く虹色に輝く羽を持った一羽の鳥が止まっていた。遠くて見えにくいが、こちらをじーっと見ているような気がする。
 シルラは駆け出した。その先には向こう岸へと繋がる石橋がある。鳥の存在を確認しながら橋を渡ってその樹木へと近づく。
 だが、あと1メートルくらいという所で鳥は宙へと舞い上がった。
「…! 待って!」
 見失わないように追いかける。
 ――夢と同じだ。またあの人の元へ連れて行ってくれるのかしら?
 だけどあれは夢だ。現実ではない。
 ――えっと、あの人の名前…。
 頭をフル稼働させて思い出そうと試みる。だがやはり思い出せない。
 胸をモヤモヤ感が占め始めた時、視界の端に映ったものにシルラはそちらを見る。
 右側に見えたもの。それは中央広場だ。広場の中央には大きな噴水があり、その中には女神像が建てられている。女神像は顔を空に向けて祈るように手を組んでいる。
 ……! 思い出した! フローラ様だ!
 視線を鳥に映す。すると鳥は水路が流れる路地へと曲がった。
「え、そっち!?」
 スピードがついていた足は急に立ち止まれず、少し行きすぎてしまったがすぐに止まって路地へと足を向ける。
 そこは建物の陰になっていてまだ昼間なのに薄暗く、路地の幅はゴンドラが一艘(そう)ギリギリ通れるくらいだった。
「あ、あの…鳥さーん!」
 声をかけてみたが物音一つしない。
「……よし」
 鞄をしっかりと持って足を進める。
 真っすぐでそんなに長い路地ではないみたいなのに、薄暗いせいか距離を感じた。鳥の存在を願いながら進めて行くと、両開きの木の扉に辿りついた。建物の両側に扉が半分ずつ取り付けられていて、取っ手はちょうど水路の中央にある。扉の高さはシルラの身長と大して変わらず、その向こう側には樹木や建物、行き交う人々が見える。
「…見失なっちゃった」
 ガッカリして溜め息をついた時、足元に一枚の羽が落ちているのに気付いた。扉の向こう側から少しこちらにはみ出している。それを拾い上げてみると、薄暗いこの場所でも羽は淡く虹色に輝いていた。
 ――あの鳥の羽…だよね?
 シルラは扉を開けて路地を出、辺りを見回した。あの鳥はやはり見当たらない。
 ――また会えるかな?
 そう思いながら、シルラは羽を鞄の中に入れた。

 

 

 ゴンドラを昇降口に止めて自分は岸に上がり、側に立ててある柱とゴンドラの先端を縄で括りつける。
 そして左手首に付けてある腕時計を見た。
 今日の配達はちょっと早く終わったな。
 少年は昇降口の近くにある建物に歩んでいく。建物の看板には大きく「ゴンドラ・デリバリーカンパニー」と書かれている。
 少年がドアを開けるとカランカラン、と鈴の音が鳴る。
「ただいま」
「おかえりエルデ」
 受け付けカウンターの奥から30代後半の女性が顔を出した。少年の母親だ。
 エルデと呼ばれた少年はカウンターに近づき、腰に着けていた青いバッグから紙を数枚取り出した。
「はい、受け取り伝票」
「ありがとう。エルデ、悪いんだけどもう一つ荷物を届けてもらえる?さっき届いたんだけど、お父さんはまだ配達から帰ってきていないのよ」
 母親は伝票を受け取り、カウンターの上に置かれていた小包みをエルデの前に出す。
「うん、分かった」
 荷物と宛て先の書かれた伝票を受け取ってエルデは再び外へ出た。

「住所だとこのあたり…」
 伝票を見て、間違っていない事を確認する。
 こっちは初めて来るな。
 オールを動かすたびに水音が小さく響く。入り組んだ迷路のような狭い水路をゆっくりと進んでいき、そして角を曲がると広い場所に出た。
「……!」
 眩しい日差しに右手を顔の前にかざす。
 ザアアァァァン。
 目の前に広がるのは赤く燃える夕陽と、その夕陽を映して赤く染まった広大な海。キラキラと輝き、とても綺麗でとても眩しい。
「やっぱ海っていいな…」
 思わず呟いた自分の言葉にハッとなり、じゃなくて配達配達、と腰のバッグをあさる。
「宛て名なんだっけ」
 あさる手に目的の伝票が触れた時、
「こんにちは」
 優しい声音が耳に届いた。声がした左方向を見ると、そこには昼間の歌姫がいた。
 昼間の服装からワンピースに着替えてストールを羽織り、手摺に両肘をつけてこちらを見ている。

「歌姫…さん」

 突然のシルラの出現にエルデは驚いた。
「こんな所で何をしてるの?」
 昼間と同じ笑みがそこにあった。
「……配達です」
「配達…」
 シルラはゴンドラに乗せられている荷物を見て理解した。
「そっか、海人(ウミビト)なのね」
「はい」
「宛て先は?」
「え? えっと、ミラ・ハーネットさんです」
 エルデは伝票に書かれている宛て名を読み上げた。
「あ、それ私の母よ」
「え?」
「きっとその荷物、お婆ちゃんからだわ」
 エルデは荷物を渡すべくゴンドラを寄せ、手摺越しに小包みをシルラに渡した。
 小包みを受け取ったシルラはそれを足元に置き、エルデは伝票を差し出した。
「ではこれに受け取りのサインをお願いします」
「あ、はい」
 伝票とボールペンが挟まれた小さなバインダーを受け取り、シルラはサインしていく。その姿をエルデはジッと見つめた。
 吹く風はシルラの髪を揺らし、夕陽はシルラの顔を照らす。いつも遠くで見ていただけの存在がこんなに近くにいる。なんだか不思議な気分だった。
「あなた、ケセレール通りの海人でしょ?」
「そうですけど?」
 渡された伝票を受け取る。
「あ、やっぱりそうだったのね。同じ色のウエストバッグを着けた海人のおじさんが、ここを通るのを何度か見た事があるからそうじゃないかと思ったの」
「それ俺の父さんです」
「え、そうなの?」
「この辺りは、いつも父さんが配達してるから。今日はたまたま俺が代わりに来ただけです」
 伝票をバッグに入れて留め具をパチンと止める。
「そっか、でも嬉しい」
「え?」
 エルデは視線をシルラに向けた。
「たまたま来たあなたと、たまたま外にいた私が会ったんだもの。偶然でも私はあなたに会えて嬉しいわ」
 笑顔でそのような事を言われてエルデは呆然としてしまった。
 …なんか、すごく恥ずかしいセリフを聞いた…。
 話した事がなかったから知らなかったけど、どうやらシルラはそんな言葉を照れる様子もなく、サラリと言ってしまうような人だったようだ。
 エルデは昼間の事を思い出した。
 あの時も偶然だけどすれ違っていた。
 ――歌姫さんは気付いてなかったみたいだけど。
 当たり前だ。話した事もなかったのだから、気付いてくれるわけがない。
 ちら、と見ればシルラの嬉しそうな顔が目に映る。
「あ、そういえば」
 シルラが何か思い出したように口を開いた。
「お昼あたりにすれ違わなかった?」
 エルデは目を開いたまま固まっていた。
「…どうしてそう思うのです?」
「あの時、花の良い匂いがしたから。それと同じ匂いが今のあなたからするの」
 そう言われてもエルデには覚えがなかった。
「知らないみたいね。やっぱり勘違いだったのかも。ごめんなさい」
 申し訳なさそうに笑うシルラ。
「いえ…。花の匂いがしていたかどうかは分かりませんが、すれ違ったのは勘違いじゃないです」
 それを聞いてシルラは嬉しそうに笑った。
 ふと、腕時計に目を向けた。時刻は4時半過ぎ。そろそろ帰らないといけない。
「すみません、俺これで失礼します」
「あ、うん。荷物届けてくれてありがとうね」
「いえ」
 ゴンドラの向きを来た道の方向に変える。
「それじゃ…」
 シルラに一度頭を下げて、そしてゴンドラを少し漕ぎ出したところで、
「あ、待って!」
 と呼び止められ、エルデは怪訝な顔で振り返る。シルラは手摺から少し身を乗り出していた。
「名前、なんて言うの?」
 その言葉に一瞬きょとんとなった。だがすぐに体の向きをシルラの方に向ける。
「エルデ・フェランドです」
 気がつけばそう言う自分の顔に笑みが浮かんでいた。
「エルデ…くん」
 教えられた名前を復唱する。そして右腕を上げて満面の笑みで言う。
「私シルラ! またねエルデくん!」
 その嬉しそうな顔にエルデもつられて笑顔で返す。
「知ってますよ!」
 ――君が俺の名前を知るずっと前から…。
 両手で頬杖をついて見送るシルラの顔にはやはり笑顔があった。夕陽がその笑顔を綺麗に輝かせる。

 ――またね

 ――なんだか…
 オールを動かしてゴンドラを進める。自分の顔に笑みが浮かんでいたのには気付いてる。
 
 ――明日また会おうね

 自惚れかもしれないが、彼女がそう言っているように聞こえた…。

 

 

 

 ―――つづく

© 2009~ by Haru Kaede. Proudly created with Wix.com

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