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 綺麗な髪…。

 最初に思ったのは、それでした。
 星みたいに輝くその金色の髪と、本で見た空や海と同じ色の瞳。
 年も近く、私にとっては初めての友達でした。

 私はお母様の隣に立って俯いて自分のドレスを握りしめていた。涙目だったのをなんとなく覚えている。
「また来ますわね、ルナル姫」
 シェアーナ王妃様が私の頭を撫でる。香水の良い香りが鼻をくすぐった。
「もう泣くなって。また会えるから!」
 明るい笑顔で王妃様と同じように私の頭を撫でるジェス様。
 そしてジェス様の後ろに立つ…
「…アリュタシュしゃま…」
 幼くてまだ上手く言えなくて、だけど私が精いっぱい呼ぶ彼の名。
 アルタス様。
 アルタス様は私に近づくと、上着のポケットから白い箱を取り出して差し出した。
「あげる」
「……?」
 動く事なく私がじっとその箱を見ているとアルタス様は軽く笑った。そして箱を開けて私に中身を見せてくれた。
「シンプルでごめんね」
 箱の中に入っていたのは、花の形をした髪飾りだった。たしかにシンプルだったけど、初めての友達からの初めてのプレゼントに私はすごく喜んだのを覚えている。
 髪飾りを箱から出して手に取る。
「ありがとう、アリュタシュしゃま!」
 アルタス様は一瞬照れたような面持ちを見せた。そして私の手から髪飾りを取ると、私の髪の左側につけてくれた。
「…もうちょっと可愛いのを選べばよかったかも」
 申し訳ないというように笑うアルタス様。だけど私はそんなの全く気にしていなかった。
 嬉しくて嬉しくて心が躍っていたのだから。

 ねぇ、アルタス様。お元気にしていますか?
 あの日が初めてアルタス様にお会いした日で、そして最後にお会いした日でもあります。
 あの時いただいた髪飾りは今でもつけています。私の宝物です。
 アルタス様、あのですね…。

 私、アルタス様にもう一度お会いしたいです――…。

 

1.再会



 キラキラと瞬く幾千億の星々。その星すべてに命が宿っている。そしてその星を束ねるのが「星王(せいおう)」である。星王は星の未来を担い、導き、成長させる。それが星王の使命であるが、星王には更に大きな使命がある。それは森羅万象を含むすべての存在である「宇宙」を束ねることだ。それには星王は信頼、力、慈愛を備えていなければならない。
「――――なぜなら、宇宙を束ねるには星たちの力が必要で、その力を借りるには「信頼」を得なければならない。それは宇宙を束ねるために星王が必要とする「力」の源になる。それらをすべて掴むには、星たちを包み込む「慈愛」の心が必要とされるのだ」
 そこまで読むと老人は本から顔を上げ、目の前の少女に目を向けた。
 少女は机の上に置かれているバレーボールくらいの水晶ボールをじっと見ている。その目はキラキラと輝いていた。
 水晶に映っているのは、長い杖を空にかざしている一人の男性の姿。杖を振ると、それと同じ方向に沢山の光が走る。光たちは尾を引きながらひとつの青い惑星に向かっていく。「地球」と呼ばれる惑星だ。その光たちはこの宇宙の星たちで、沢山の星が流れる現象を地球では「流星」や「彗星」と呼んでいる。
「……綺麗」
 青いその惑星に魅入られた少女の頬が朱く染まる。
「…さま、姫様。ルナル姫!」
「わっ! はい!」
 夢中で見ていたせいか呼ばれていた事に気づかなかった。すぐに姿勢を正して椅子に座りなおし老人を見る。老人は困ったように小さな溜め息をついた。
「ごめんなさい、じいや。あんまりに地球が綺麗だったから…」
「姫様、興味をお持ちになる気持ちはじいやにも分かります。しかし、今はお勉強の時間です。しっかり学んでいただき、南極宮をより良い方向に導いていただかなくてはなりません。姫様の父君シギアルト様がお小さい頃は…」
 聞いていると徐々に話が脱線し始め、ルナルは「また始まった…」と心の中で溜め息をついた。
 ――宇宙の勉強も大事だろうけど、私は地球について学びたい。
 青く綺麗な地球。自分が知っているのは、いろんな動物や草木、そして様々な種族に分かれている人間が存在しているということだけ。もっと細かいことまで知りたいけれど、そこまで載っている本はない。
 行って実際に見てみたいな…。
 興味が次第に憧れになり、この宇宙から見ているだけでも気持ちが高鳴る。ルナルの目には地球はこの世に一つしかない宝石のように映っているのだ。
「…このようにしてシギアルト様は星王となり」
「ねぇ、じいや」
「む? なんですかな姫様? 今じいやは父君様の武勇伝を」
「それは聞き飽きました」
「なんと!?」
 その言葉にじいやは口を大きく開けてショックを受けた。それは顎が外れなければいいと思うほどだった。
「それよりもお父様とお母様は地球に行ったことがあるのよね?」
「うむ。お二人は新婚旅行で行かれましたな」
「いいなぁ。私も行きたい。お母様たちの話では、親切な人がたくさんいて、食事も美味しくて、文化や技術も進んでいたとか」
 両手を頬にあて、うっとりと話すルナル。
「姫様はどなたと行かれたいのですかな?」
「え?」
「やはりお父君とお母君ですかな?」
「うん、お父様とお母様とも行きたい」
 あともう一人…。
 ルナルは窓の外を見た。遠くで元気に輝く星たち。あれは北に位置する星たちだ。
 …アルタス様は元気にしているかしら?
 今よりも幼いころの記憶。忘れている事の方が多いけれど、あの人の笑顔は鮮明に覚えている。ちょっと無表情なところもあったけれど、時々見せる柔らかな笑顔がとても好きだった。
 ――アルタス様に会いたいな…。
 日々思うのは、それだけだった。

 勉強を終え、ルナルは天の川の橋のたもとに腰かけていた。見上げる空は星空だ。ここは宇宙。年中星空しか見えない。地球のように青空や夕陽、雨や曇りもない。
 いろんな空や気候を楽しめないというのもつまらないものである。
 星空を見上げるルナルの周りを白いものが漂っている。
『姫様、どうなさいました?』
『元気ないな。悩みがあるんならオレっちが相談にのるぜ?』
『あなたに相談しても、解決に至る前に話が脱線して終わるだけですわ』
『なんだとー!!』
 目の前でケンカが始まった。いつもの事だ。
『ちょっと、やめなさいよ!』
『そうですよ、姫様の前でそんなみっともない事を』
 それを止めようとする他の子たち。
 彼らは星の子。まだ幼く原始星(げんしせい)と呼ばれ、分かりやすく言うと赤ちゃん星だ。小人のように小さくて、腰のまわりには綿菓子のように白くてふわふわなのがついていてとても可愛い。成長するにつれて個々の力が目覚め、成人星になるととても頼りになる存在である。
「もー、ケンカはダメ!」
 言い合う彼らの腰の綿をぐっと押すルナル。
『う、悪い。姫』
『ごめんなさい、姫様』
 ぺこりと頭を下げる姿まで可愛い。
「そういえばお父様はどこにいるのかしら?」
 ふと思い出して気になった。
『シギアルト様なら星守りの聖域におりますよ?』
「じゃあ、行こう!」
 立ち上がるとルナルは歩き出した。
『あ、待って! 姫様ー!』
 星の子たちが慌ててルナルの後を追う。
 しばらく歩いていると小さな建物が見えてきた。全体的に水晶のように透明で天井は半球。その周りには水が地平線まで広がっている。不思議な事に岸からその建物に向かって光の橋が伸びている。なんとも神秘的な光景だ。
 橋に近づいた時に気づいた。父以外にもう一人男性がいる。
『あ、ルプス様だ』
 星の子はそう言った。
「ルプス様?」
 ルナルの問いに別の星の子が答える。
『おおかみ座の方角に恒星を構えている方です。無口な方で必要以上に人と言葉を交わしません。星王様への用事があっても代理を頼むような方です』
『そんなお方が自ら来るという事は、緊急事態かしら?』
 訝しがる星の子たち。ルナルは星たち以上に分かっていなかった。まだ「原始星」といってもルナルよりは数十年も先に生まれている星たち。子供っぽい性格でもルナルより知識はあるのだ。
「お父様ー!」
 ルナルが声を上げて呼ぶと、シギアルトが振り返って笑顔で手を振る。ルナルが側へ行くと、ベンチに腰掛けている父の前に跪いているルプスと目が合った。
「お久しぶりにございます、ルナル様。大きくなられましたね」
 跪いたままルプスが頭を下げる。ルプスの図体は大きく、肩から露出している褐色の引きしまった腕が、彼が鍛え上げていると言っているようだった。
「こ、こんにちは…」
 お久しぶり、と言われてもルナルには初めて見る顔だった。それが顔に出ていたのかシギアルトが笑って言った。
「ルナルは覚えていないだろうな。なんせ前回会ったのはルナルがまだ立てない時だったからね」
 その言葉にルプスは申し訳ない顔でルナルを見た。
「そうでしたね。すみませんルナル姫。改めてご挨拶をさせてください。おおかみ座の近辺を護衛しているルプスと申します。我が見習い星軍たちはご迷惑をおかけしておりませんでしょうか?」
 彼の言う「見習い星軍」とは、将来南極圏を守る兵隊のことである。所属できるのは成人星になってからだが。
「は、はい! どちらかというと私の方がいろいろとお世話になってます」
 見かけるたびにいろいろと話してくれる見習い星軍たち。その内容は勉強にもなる。気さくで実力もあって頼もしい人たちなのだ。
「ルプス、話は分かった。その件に関してこちらでも調べてみよう。また何か分かったら知らせてくれ」
「はっ」
 光の尾を引いて帰還していくルプスの姿を見届けてルナルは口を開いた。
「お父様。ルプス様はなんのご用だったの?」
 一息ついてベンチの背もたれに体を預けたシギアルトが答える。
「いやなに、最近星たちが騒いでいるらしくてね。彼はそれが気になっているんだ」
「騒がしい?」
 空を見上げて星たちの輝きを見る。星たちは燦然と輝いている。
 ――いつもどおりに見えるんだけど。
 違いがよく分からないルナルは首を傾げるだけだった。
「何か用だったかな? ルナル」
「え? ううん、なんでもないの」
 そう言って父の隣に腰かけた。父の方を見ると、空を見上げ端から端まで視線を巡らせている。星王の責任があるからだろう。シギアルトも気にしているようだ。ルナルも星を見上げるが、先ほどと変わらぬ綺麗な輝きを放っている。
「お父様は、星たちの異変にすぐに気づけるの?」
「んー、星たちの方が早く気づく事もあるね。彼らの方がお互いの距離は近いから」
「姫は全然分からないわ…」
 難しそうな顔をするルナルの頭をシギアルトが撫でる。
「僕もルナルくらいの時は分からなかったよ。そして不安にも思った。将来星王としての役目を果たせるのかと。だけどそう感じる必要はなかったんだ。だって必然と分かるようになる事だったからね。だからルナル、今はこの世界について勉強していこう」
 優しく微笑んでそう言う父。
「はい、お父様!」
 撫でる大きくて温かな手が気持ちよくてルナルは小さく笑った。
「シギアルト様! ルナル姫!」
 呼ばれて二人は振り返った。
 近づいてくるのは、腰まである黒髪のストレートヘアに、勝気な眼差しが印象的な少女だった。
「ナンちゃん!」
 ルナルは少女を見て笑顔を浮かべた。
 少女は南斗六星の精霊である。ルナルが生まれたその瞬間からルナルの世話係の任を担っている。ルナルに「ナンちゃん」とあだ名を付けられ、それ以来それは「ルナルだけ」が呼んで良い愛称となった。そう、ルナル以外がそう呼ぼうならば一瞬で痛い目を見るのだ。実際に呼んだ者が一人おり、南斗によって処罰されたその者の姿を見て誰も「ナンちゃん」などと呼ぶ勇気は出なかったそうだ。
「どうしたんだい? 南斗」
 南斗はルナルの側まで行くと言った。
「はい。王宮にお客様がお見えになりましたので、お呼びに参りました」
「あぁ、来たんだね」
 二人の会話にルナルは首を傾げた。お客が来るなんて自分は聞いていないからだ。
「お父様、お客様ってだぁれ?」
「ルナルもよく知っている方たちだよ」
 方たち、という事は一人ではないようだ。
「では戻ろうか」
 シギアルトが立ち上がる。
「さぁ、姫様も戻りましょう」
 南斗が手を差し出す。その手を握って王宮に戻った。

 通されたのは母ミシュレーラがいつもお茶を楽しむ部屋だった。扉の前でルナルはドキドキしていた。
 よく知っている方…。
 頭を巡らせてみるけれど、それなりに多いため検討がつかなかった。
 コンコン、と南斗が扉をノックする。
「南斗にございます。シギアルト様とルナル姫をお連れ致しました」
「入って」
 その言葉が返ってきたのを聞き届けて南斗は扉を開けた。
 父のあとを追ってルナルも部屋に入る。そしてシギアルトが口を開いた。
「お久しぶりにございます、シェアーナ王妃」
 ―――――え?
 その言葉に弾かれるように顔を上げた。
 ――シェアーナ王妃…?
 父の後ろから少し顔を覗かせてその人を見る。
 母の向かいに、背筋を正して椅子に腰かけている綺麗で上品な雰囲気の女性がいた。結い上げられた金髪に、豪華な刺繍が施されたロイヤルブルーのドレスがとても映えていた。幼い頃に会った時も綺麗だったけれど、更に美しくなっているように感じた。
 シェアーナは椅子から立ち上がると小さく腰を折り、顔を上げると微笑んだ。
「お久しぶりにございます、シギアルト星王」
 挨拶を交わす二人。ルナルはシェアーナの後ろにもう一人誰かいるのに気づいた。シェアーナに隠れてしまっていて顔は見えないけれど、綺麗な金髪がちらっと見えている。
 もしかして――…
 淡い期待に鼓動が速くなる。
「ルナル、どうして隠れているの?」
 母の言葉にはっとなる。スッと父の後ろから姿を現し、ドレスの裾を少したくし上げる。
「お久しぶりです、シェア」
「キャー! ルナル姫ー!」
「ひゃ!?」
 シェアーナに急に抱きしめられて思わず体が硬直する。
「あーん、ルナル姫ー! 会いたかったですわー!」
 あわあわする自分の娘をミシュレーラはにこやかに見ている。体を離すとシェアーナは笑顔で言った。
「お久しぶりですわね、ルナル姫。元気そうで良かったですわ!」
「は、はい! シェアーナ王妃様もお元気そうで良かったです!」
 ドキドキしながらもそう言うとシェアーナの頬は染め、
「あーん、可愛いですわ!!」
 再び抱きしめられた。
 う、ちょっと苦しい…。
 そう思いながらシェアーナの肩越しにその先を見る。
 星みたいに輝く金色の髪と、空や海と同じ色の瞳。笑みはないけれどその瞳がこちらを見ていた。最後に会ったあの日から七年が経っている。それだけ経てば大きくなっているのは当たり前だけど、それでも忘れたことは一度もなかった彼の顔。
 ずっとずっと会いたかった人。
「…アルタス様…」
 また会えるなんて、夢でも見ているのではないかと思った。
「アルタス、こちらに来てルナル姫にご挨拶なさい」
 シェアーナに言われ、アルタスは椅子から降りるとルナルの元へ近づいた。アルタスとの距離が徐々に縮まり、心臓の音も大きくなっていく。顔が見れなくて俯く。
 会いたかったはずなのに、いざ会うとどうしてこんなにも――…。
 俯いていても足音でアルタスが側まで来たのが分かる。
 ――なんだか、逃げたい…。
 顔を上げられずにいるとそっと左手を取られた。
 …――え?
 視線を上げると、跪くアルタスの姿。顔は見えない。
「お久しぶりです、ルナル姫」
 耳に感じる少年らしい声と自分よりも大きな手。そして暖かいぬくもり。夢ではないと確信したら一気に体中を熱が駆け巡った。
「あ、あの…あの、えっと…」
 自分の顔が熱いのが分かる。
 お、落ち着かなくちゃ! お母様にいつでも挨拶はちゃんとしなくちゃダメって言われているんだもの!
 やまない心臓の音を押し殺して口を開いた。
「お、お久しぶりです、アリュタシュさま!」
 シーン、と辺りが静まり返った。
「……? え、あれ?」
 顔を上げる。そしてはっと気付く。
「ああぁぁ!! ご、ごめんなさいアルタス様!!」
 顔を下に向けて震えるアルタス。見るとシェアーナも顔を逸らして笑いを堪えているようで、それだけではなく自分の両親も、更に、
 ナンちゃんまで!?
 扉の前で控えている南斗も口に手をあてて笑いを堪えていた。
「ひ、久しぶりに、それを、聞いた。ふふ、ふ」
 笑いを堪えながらアルタスが言う。
 ああああぁぁぁぁぁ、恥ずかしい恥ずかしい!! 久しぶりにお会いしたのに、名前すらうまく言えないってどういう事なの!?
 穴があったら入りたい。本気でそう思ったのは初めてだった。
 落ち着きを取り戻したアルタスは、今度は目を合わせて言う。
「お久しぶり、姫」
 微笑んだその顔は、最後に見たあの時よりも綺麗だった。一瞬声を失ったが、体の底から絞り出すようにして口を開いた。
「お久しぶりです、アルタス様」
 まだ熱が体を駆け巡っている。だけど彼の笑顔で少し落ち着いたのも分かる。
「随分と大きくなりましたね、アルタス王子」
 ミシュレーラの言葉にアルタスは立ち上がると照れた。
「そうですか? ジェス兄様にはなかなか追いつけませんが」
 そんなアルタスにシギアルトが答える。
「まだ12歳だ。これからもっと伸びるよ」
 そしてシギアルトはシェアーナに視線を向けた。
「ジェス王子はご婚約されたのですよね?」
「ええ。ヴェーナ姫のご訪問と剣術のお稽古、食事以外は相変わらず書庫にこもってますわ。勉学に励むのは良い事ですけど、一日中本を読んでいるのも体に毒だと思いますの」
「ですが、ジェス王子のそういったところは素晴らしいと思いますよ」
 ミシュレーラの言葉にシェアーナは小さく溜め息をついた。
「反面、子供らしくないところもありまして…」
 父母会が始まりだし、シギアルトはルナルたちに声をかける。
「大人の話を聞いていてもつまらないだろう? 遊んでおいで」
 それを聞いて南斗が誘う。
「では中庭に行きましょう。星の子たちもきっとアルタス王子とお話がしたいはずです」
 そう言うと扉を開ける。
「そうね、行っておいでルナル、アルタス王子」
「はい、お母様!」
「はい」
 ルナルはアルタスに視線を向けた。
「行きましょう、アルタス様!」
「うん」
 大人たちは扉の向こうに消えていく三人を見送った。

 庭に出ると、テーブルの周りに星の子たちが集まっていた。
『あ、アルタス様ですわ!』
『アルタス王子、南極宮へようこそいらっしゃいました!』
『ささ、どうぞ座ってください!』
 星の子数人で大きな椅子を引く。よいしょ、と声が聞こえる。
「ありがとう」
 腰をかけるアルタス。
「私はお茶の準備をしてまいりますので、ゆっくりなさってくださいね」
 そう言うと南斗は王宮内に消えていった。
 アルタスの向かいに腰かけたルナルは会話を探していた。
 会えて嬉しいけれど、何を話せば…。
 膝の上に置いた両手を見つめ、思考をぐるぐると巡らす。
『アルタス様、背大きくなりましたね』
「はは、まぁ7年も経てばね」
『初めてこちらにいらした時は5歳でしたっけ?』
『愛くるしいお顔でとても可愛らしかったです! …あ、ごめんなさい! 私ったら!』
 星の子たちと話すアルタスの声に心臓が高鳴る。
「姫?」
「え? は、はい!」
 アルタスの声にびくりと体が震え、弾かれたように顔を上げた。
「どうしたの? 具合でも悪い?」
「い、いえ! あ、あの、ちょっと緊張して…しまって…」
 視線を彷徨わせて再び俯く。
 彼の顔が見れない。きっと自分の顔は赤いはずだ。心臓もまだ落ち着かない。鎮めなければ…!
「…まだ持っていてくれたんだね」
 アルタスのその言葉にルナルは顔を上げた。
「え?」
 きょとんとした顔のルナルにアルタスは微笑んだ。
「髪飾り」
「あ…」
 言われてルナルは髪飾りに触れた。そして笑顔で答えた。
「私の宝物なんです」
 その言葉にアルタスは驚いた表情を見せた。
「アルタス様からの初めての贈り物に嬉しくて、ずっとつけてるんです」
 それを聞いてアルタスの頬がほんのりと朱に染まる。
「そ、そっか…。そんなに気に入ってもらえるとは思わなかった」
 何気なく選んだだけなのに…。
 それでもルナルの顔には嬉しそうな笑顔が浮かばれた。
「おまたせしましたー!」
 南斗がティーセットとお菓子を乗せたワゴンを押して戻ってきた。
『わー、お菓子だお菓子だー!』
『美味しそうです!』
「あなたたちの分はないわよ」
 きゃっきゃと喜ぶ星の子たちは、南斗のその一言で瞬時に落ち込んだ。
『南斗様はケチです』
『親玉です』
「誰が親玉よ!」
 そんなケチでもないわよ! とルナルとアルタスの前にカップを並べながら突っ込む。そしてテーブルの中央にケーキやらお菓子やらが並べられた三段トレイを置く。
「さ、ルナル姫、アルタス王子、お好きなだけお召し上がりください」
「ありがとう、ナンちゃん」
「ありがとうございます」
 ルナルはクッキーを手に取ると、一ヶ所に集まってイジケている星の子たちに差し出した。
「はい、どうぞ」
 それを見て星の子たちは途端に喜びだし、受け取ると食べ始めた。
「こら、あなたたち! ああぁぁ、アルタス王子まで!」
 ルナル同様にクッキーを星の子たちに与えるアルタスに南斗は慌てた。
 ルナル姫ならまだ良いが、いや、良くないが。お客様であるアルタス王子にまで甘えるなんて!
 自分の躾の悪さに南斗は心底落ち込んだ。同じ空間なのに南斗とルナルたちの空気の温度差が激しい。そこへ陽気な声が響いた。
「おー、楽しんでるねー! 俺も混ぜてくださいなー!」
 その声に南斗がすぐさま振り返る。
「来たわね…バカが」
 睨む先にいたのは、北極宮の王子の世話係を担っている北斗七星の精霊「北斗」だった。現在はアルタスの世話係をしているが、以前はジェスの世話係だった。
 アルタスが彼に声をかける。
「用事は終わったの? 北斗」
「うん。遅れて悪いね王子。あ、ルナル姫ですね? 初めまして、アルタス王子の世話係を担っている北斗と申します」
 跪くとルナルの左手を手に取り、ニッコリと笑う北斗。
「は、初めまして北斗様…」
 慣れたような手つきの北斗にルナルは戸惑う。ルナルは人見知りするタイプなのだ。
 そして「あ」と小さく声を漏らした。ニッコリと笑う北斗の後ろでは、鬼のような険相で腕組みをしている南斗が立っている。
「ほーくーとー?」
 口には笑みはあるのに目は笑っていない。
「えーと、何かな? 南斗」
 こちらは目は笑っているが口は引きつっていた。
「姫様に馴れ馴れしく触らないでちょうだい!」
「えー、挨拶してるだけなのに」
「問答無用! 今すぐその手を離しなさい! さもなければ…」
 南斗はトレイに乗っているケーキに手を伸ばす。それを見て北斗が悲鳴を上げた。
「ギャー! ごめんなさい! 離すからそれはやめてえええぇぇぇー!」
 北斗は甘いものが大の苦手である。ぶっちゃけ匂いだけでもくらっときそうなのだが、そこはまだ我慢できる。だが、口に入れてしまうともうダメだ。直接その甘さを感じると気絶してしまう。
 彼の弱点を知っている南斗は、ルナルから離れた北斗を見てニッコリと笑った。
「分かればよろしい」
 数メートル離れた先で体を丸めてまるで子犬のように震えている北斗。心なしか涙目のようにも見える。顔も体格も良い方なのになんだか残念だ。いやほんとに。
「あら楽しそうですわね」
 クスクスと笑う声にその場にいる全員が振り向いた。シェアーナとミシュレーラが並んでやってきた。そしてミシュレーラが立ち上がった北斗に目を向ける。
「苦手なものは仕方ないわ。あんまり気に病む必要はありませんよ? 北斗さん」
「…はい」
 そう言われるが、口に入ってしまうと気絶までしてしまうのは情けないと自分でも思う。
「アルタス」
「はい」
 シェアーナがアルタスの側まで歩んで言った。
「お母様ね、ミシュレーラ王妃とまだお話がありますの。ですから本日はこちらで一晩お世話になることにしましたわ」
 その言葉にアルタスはきょとんとなった。シェアーナはルナルに顔を向けると、
「よろしくお願いいたしますわね、ルナル姫」
 と笑顔で言いルナルは思わず、
「は、はい!」
 と答えていた。そしてアルタスを見ると、彼は困ったように小さく笑って言った。
「お世話になります、姫」
 大好きな彼の笑顔につられるように、ルナルもまた笑顔で返した。
 
 ――――宇宙を守る者のいるところより遥か遠く暗い場所。光さえ通さないその暗闇で目覚めた者がいた。
 髪も目も、身にまとう服さえも黒い。そんな風貌で一際目立ったのは、赤い唇だった。その唇でその者は言った。
「…あぁ、やっと…満ちた……」
 暗闇のせいで何かは見えないが、その者の周りをざわざわとざわめく音がする。
「……すぐに…迎えに、いくわ……」
 そう言うと、うっすらと開いていた目を閉じた――。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

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